日本版SOX法の制定に影響を与えた国内外の不正会計事件
エンロン事件とは、世界最大手のエネルギー販売会社だったエンロンが経営不振に陥り、総額160億ドルを超える巨額の負債を抱えて倒産した事件です。エンロンは、相次ぐ海外の大規模事業の失敗などで実際には経営状況が悪化しているにも関わらず、CFO(最高財務責任者)の指示で不正な会計処理をして偽の財務報告をしていたのです。
不正行為をしていたのは会社だけでなく、財務報告の内容を監査すべき監査法人(アーサー・アンダーセン=世界5大会計事務所のひとつ)がエンロンの簿外取引や巨額債務を見逃し、不正に手を貸していました。不正会計が明るみに出るまでは、エンロンはアメリカを代表する優良企業とされており、その財務報告を信頼した多くのアナリストは同社の株を「ストロングバイ」として推奨していました。
2001年10月、「ウォールストリート・ジャーナル」紙が不正会計疑惑を報じると株価は一気に転落し、わずか2ヵ月後の同年12月、エンロンは裁判所に破産申請をして倒産しました。年金基金などの堅実で知られる投資信託もエンロンの株・債券をポートフォリオに組み入れていた結果、同社の倒産により定年後の人生設計に大きな狂いが生じた人は数え切れないほどいるといわれています。同時に約2万人の従業員が職を失うことになりました。
エンロン事件は、翌年に「米国史上最大の倒産」として世界に衝撃を与えたワールドコム事件と共にアメリカの株式市場全体に対する信頼を大きく低下させました。財務報告の信頼性を取り戻すことが急務となったアメリカでは、この事件を機にサーベンス・オクスレー法いわゆる「SOX法」の成立に向け動き出すことになったのです。
エンロンの破綻の元凶であるジェフリ ー・スキリングCEO(最高経営責任者)は詐欺罪、共謀罪、インサイダー取引などで計24年の禁固刑となりましたが、控訴審で減刑され2019年に12年の刑期を終えて釈放、アンドリュー・ファストウCFO(最高財務責任者)は、司法取引で10年の禁固刑が6年に短縮され2011年に釈放となっています。また同社の創業者であるケネス・レイ氏は有罪が確定したものの、量刑言い渡しの前に死亡しています。
ワールドコム事件:不正会計に端を発した米国市場最大の倒産劇
全米第2位の長距離通信会社だったワールドコムが不正会計処理に端を発して2002年7月に倒産した事件です。その負債総額は前年のエンロン事件を上回る約410億ドル(4兆7000億円)で、アメリカ史上最大の倒産劇となりました。
ワールドコムは、90年代後半のITバブルの崩壊やスプリント・ネクステ(携帯電話事業者)との合併取り消しなどによって悪化した経営状態を粉飾決算によってごまかしていました。その手法は、本来営業費用に計上すべき回線接続料などの費用を設備投資として資産計上するという単純なものでした。
しかしエンロンと同様に、監査法人はその不正を見逃していました。エンロンとワールドコムの監査を行っていたのはいずれも、大手会計事務所のアーサー・アンダーセンでした。同社はエンロン、ワールドコム両社の粉飾決算を手助けしたということで一気に信頼を失い、解散する事態となりました。
会社の倒産のみならず、司法当局によって経営陣の刑事責任の追及も行われ、CEO(最高経営責任者)のバーナード・エバーズ氏は詐欺や虚偽の財務諸表の提出などの罪に問われ、禁固25年(求刑は85年!)の実刑判決を受けています。2020年死去。
西武鉄道事件:有価証券報告書の虚偽記載
2004年10月に西武鉄道の大株主であるコクドが、保有する西武鉄道の株を1000人以上の個人名義にしていたことが明るみに出ました。東証では、上場会社の上位10位までの大株主が保有する株式の合計が80%以上になると上場廃止になると定めていますが、コクドをはじめとする西部グループ10社が保有する西武鉄道の株は88%を超えていました。つまり、コクドは上場廃止を避ける手段として、40年以上にわたり、多くの株式を個人名義にしていたのです(有価証券報告書の虚偽記載)。
さらに、コクドが西武鉄道株の保有比率を下げるために大量の西武鉄道株を市場外取引で売却したのですが、そのときに有価証券報告書の虚偽の記載を隠したまま売却していました。これは内部のものだけが知りえる重要な情報を隠して株式を売却した「インサイダー取引」にあたり、証券取引法の違反となります。
その後、西武鉄道はご存知の通り上場廃止になり、西部グループのオーナーである会長も逮捕され起訴されました。会長は西部グループの創業者の長男で長年にわたって絶対的な権力を握っていたため、内部統制が全く機能していなかったと考えられます。
この事件の問題点は、いわゆるワンマン経営の場合の内部統制、企業の健全経営の困難さです。ワンマン経営の場合には、経営者に実質的に全権が集中しますので、それに対する監督や監査はなかなか機能しないのです。周囲にイエスマンを配置しますから、役員や従業員に期待を持つことはできません。
同様に、外部の監査法人や監査人への期待も困難です。西武鉄道の場合、大手監査法人ではなく、個人経営の二名の公認会計士に任せていたのですから、その影響力の大きさがわかります。
カネボウ事件:粉飾決算の典型例
化粧品、食品、薬品、日用雑貨などの多角化を進めながらも業績不振が続いていたカネボウは、2004年3月に産業再生機構に支援を要請しました。しかし、その7ヵ月後、2000年から2004年までの5期にわたって総額2000億円以上の粉飾決算があったことが内部調査で判明したのです。
カネボウは1996年から既に債務超過の状態でしたが、歴代の経営者は赤字の責任逃れをするために、在庫や投融資の資産を過大に評価したり、赤字を子会社に移転し、黒字の子会社から利益を移転して経営状態を良く見せるという典型的な粉飾決算の手口を使っていたのです。経理部幹部が問題点を指摘しても「1万4000人の社員を失業させるつもりか!?」と言い、粉飾を命じ続けたと言います。
2003年と2004年の決算の粉飾の容疑で元社長と元役員が逮捕され起訴されました。さらに、粉飾決算に加担していたとして監査を行なっていた公認会計士も逮捕されて起訴されました。そしてこの公認会計士が所属していた監査法人の理事長も事情徴収を受け、監査法人としての罪を問われています。
カネボウの巨額粉飾決算の最大の問題は、倫理観が著しく欠如した経営トップが、会計監査法人の公認会計士と共謀して、長期間にわたって粉飾を繰り返し、実質的な倒産によって再生機構による再建作業が始まって、初めて全貌が明らかになったということです。
ライブドア事件:粉飾決算でM&Aに必要な株価を維持
M&Aを繰り返すことにより急激な企業成長を成し遂げてきたライブドアにとって株価の維持は生命線となっていました。通常、株価の維持は、正しい収益力を源泉とするものですが、同社の場合は粉飾により収益をごまかしていたのです。
ライブドアの粉飾の手口は投資事業組合(LLP)を利用して利益の付け替えや還流を行なっていたのです。投資事業組合は設立が容易で連結決算対象外となり、米国のエンロン事件におけるSPE(特別目的会社)の役割を果たしていました。
ライブドアは代表者とそれを取り巻く少数の役員のみで意思決定を行なっていて、内部統制が機能していませんでした。また監査を担当した監査法人の元社長はライブドアの役員であり、癒着の可能性も指摘されました。